iOS 15ではメールの開封率が実質使用不可能に

2021年6月7日~11日に開催されたApple社の開発者向けイベント「WWDC21」では、近年のAppleらしくプライバシーに関する機能アップデートがいくつか公表されました。

その中でiOS 15のデフォルトメールクライアントについても発表されており、簡単に言えば「開封計測のために使われているトラッキングツールが使えなくなる」ことがアナウンスされていました。

仕組み:Appleの匿名化用サーバーがメールコンテンツを開封する

詳細な仕組みは公表されていないものの、WWDC21のセッション「Apple’s privacy pillars in focus」で語られた内容を抜粋します。

Many marketing emails now include unique image URLs for each user, or even invisible pixels, specifically to link this information to people when they read their messages.

This resulted in people choosing between text-only emails to preserve privacy, or rendering emails with full content, but revealing mail activity.

In iOS 15, we're introducing Mail Privacy Protection. People can choose to have iOS privately load remote message content, hiding their mail activity. (中略) More people will read your emails, with all the images and visuals you included.

【意訳】

多くのマーケティングメールでは、ユーザーに固有の画像URL(ユーザーに見えない画像が用いられることもある)を用いた、ユーザー別のメール開封タイミングを計測する手法が利用されています。この結果、ユーザーは(そのような画像が含まれない)テキストメールを受信してプライバシーを守るか、(画像を含む)HTMLメールを受信して開封を計測されるかの選択を迫られてきました。

iOS 15で導入される「Mail Privacy Protection」により、ユーザーは開封を計測されることなくメールの内容を読む選択肢を選ぶことができます。(中略) これにより多くのユーザーが、マーケターが作成したHTMLメールを読むようになります。

要約すると、Appleは「開封計測の仕組みがユーザー体験を阻害している」という考えのようです。Key Noteセッションでも言われていますが、プライバシーは基本的人権だとAppleは信じています。

開封計測をされていることすら意識していないユーザーもいると思いますが、そのようなユーザーも含め、プライバシーを守ることに重きを置きつつ、画像などの表現に富んだHTMLメールをユーザーに見えるようにしたい、という考えのようです。

If you've been using remote images to measure the impact of your campaigns, there are a few changes to be aware of.

Since Mail content may be loaded automatically after delivery, the time of Mail viewing will no longer be correct.

And since that content is loaded without revealing people's IP addresses and without detailed headers, the location and type of device reading the Mail aren't revealed.

And you'll see your emails as being opened, regardless of if the user read it or not.

【意訳】

キャンペーン効果把握のために開封計測を行ってきたマーケターには、いくつかの注意点があります。

メールコンテンツはメールボックスに到達後、自動的にHTMLメールの内容がロードされるようになり、計測される開封時間が不正確になります。

加えて、ユーザーのIPアドレスや詳細ヘッダーは匿名化されるため、開封時の位置情報やデバイス情報もわからなくなります。ユーザーがメールを見た見ないに関わらず、開封された、というデータが記録される状況になります。

ここからわかることは2点あります。

  • iOS 15でMail Privacy ProtectionをONにしたユーザーは、開封率が100%として計測される
  • 開封時刻、位置、デバイス情報は不正確になる

上記のことから、メールマーケティングの計測に与えるインパクトは大きいと思われます。

しかしユーザーがそのような選択をする可能性はどの程度あるのでしょうか。ほとんどのユーザーが使わない機能なのであれば、それほど気にならないかもしれません。

ほとんどのユーザーが保護を利用する可能性が高い

当該セッションの動画中にあるキャプチャ画像を見る限り、この機能を使わないユーザーはいないのではないか、と思われました。

まずキャプチャ画像にある選択肢を見ると、選択肢は

  • Protect Mail activity(意訳:メール閲覧操作を第三者から保護する)
  • Don't protect Mail activity(意訳:メール閲覧操作を第三者から保護しない)

の2つです。

日本語訳がどのようになるかは未確認ですが、プライバシーは保護したほうが良いに決まっていますから、この2択で「保護しない」を選択するユーザーはほぼいないと思います。

いつ頃影響が出始めるのか

もちろん、iOS 15のリリース後にアップデートを行ったユーザーから影響が出始めるわけですから、直ちにすべてのメール開封データが見られなくなるわけではありません。しかし長期トレンドを見据えると、iOS 15以降のバージョンが自社のユーザーに占める割合 ≒ 自社のiPhoneユーザー数の割合となります。

参考までですが、プリンシプルでアクセスできる10サイトのデータ中で、iOSのメジャーバージョン別のセッション割合を時系列(月単位)で確認してみたところ、下記グラフのようになりました。

※データの前提はこちらの記事と同様です。
ITPによりGAのレポートはどう変わったのか? | 株式会社プリンシプル

例年、iOSのメジャーバージョンアップは9月(その前にパブリックベータが存在するため、グラフ上7月頃から立ち上がる)となっていますので、そこからどの程度の期間でバージョンアップしたiPhoneからのセッションが増えるのかを垣間見る事ができます。

このグラフから、iOSのセッション中に最新バージョンが占める割合は、ほとんどのメジャーバージョンアップで、リリースから3ヶ月で75%を超え、12ヶ月で90%を超えるという傾向を読み取る事ができます。つまり、9割のiPhoneユーザーが1年後には最新バージョンに乗り換えている、と考えるのが妥当でしょう。

iOS 15も例年通り9月にリリースされるとすれば、2021年内には大半のiPhoneユーザーのメール閲覧履歴が取得できなくなります。なので計測面の準備は2021年中に進めた方がよさそうです。

回避策は見つかっていない

2021年6月の現時点ではiOS 15のパブリックベータもリリースされていないため、技術的な仕様は推測になってしまいますが、おそらく回避策はない、と思われます。

その理由は2点あります。

  1. メールはAppleが準備するプロキシサーバーの先で取り扱われる仕様になると推測され、プロキシサーバーの先でマーケターが直接変更できる要素がない
  2. 一部メールサービスのような、通信先を見て遮断する方式(開封を知らせない仕組み)ではないため、計測ツールベンダーも代替の計測手法を提供する方法がない

もしかするとメールのプロトコル上、回避策が見つかるかもしれませんが、すべての企業が導入可能な対策、というのは難しいでしょう。

(※可能性として、Mail Privacy Protectionを有効にしたiPhoneでは技術的なハードルから表示崩れが発生するなどの問題があれば、ユーザーが当該オプションを無効化したり、Apple自身がこのオプションの提供を取りやめたりする事はあるかもしれません。)

強いて対策があるとすれば、ユーザー登録時にキャリアメールではないメールアドレス(Gmailなど)を指定する、もしくは同時に登録してもらうように促し、デフォルトのメールアプリ以外のアプリ(Gmail/Yahooメールなど)を利用しているユーザーを増やす、という手がありますが、効果は限定的にとどまるでしょう。

主要指標から考える今後の注意点

では、今後気をつけるべきポイントはどこになるのか。メールマーケティングの主要指標から考えてみましょう。

メールの送信からユーザーがウェブサイトでコンバージョンに至る動線を前提とすると、メールマーケティングでは上流から順に以下のような指標をたどると思われます。

A. メールを送信する(送信通数)

B. メールがユーザーのメールボックスに到達する(到達数)

C. ユーザーがメールを開封する(開封数)

D. ユーザーがメール内のURLをクリックする(URL別クリック数)

E. ユーザーがサイトを訪問する(セッション数)

F. ユーザーがサイトでコンバージョンする(コンバージョン数)

各指標の計測にどの程度影響が出るかを理解することが重要です。

開封数は影響を受けるが、クリック数は影響を受けないのではないか

Appleが明示的に言及しているのは、この中の「B. 到達数」と「C. 開封数」 が同じになり、かつCのデバイス、ロケーション、開封時刻がわからなくなる、ということです。

しかし、筆者の予想では「D. URL別クリック数」は従来どおりに取得できるのではないか、と考えています。

メールマーケティングでは、ユーザーに固有のクリックURLを生成している場合も多く、一部のキャンペーンでは、そのユーザー固有のURLをクリックした場合のみ表示されるオファーやクーポンが存在することもあります。よって、iOS 15がクリックURLを書き換える可能性がないとは言えませんが、ユーザー体験を削ぐ可能性が大いにあるため、その可能性は低いと思われます。

また、メール配信ツールのクリック計測の仕組みは、メールクライアントソフト上ではなく、クリックしたURLの飛び先である、メール配信ツールのサーバー上で行われます(URL短縮ツールでのURLクリック数計測と同じような仕組み)。よって、URLが書き換えられなければ、クリック数は従来通り計測できるはずです。

開封率を目的変数としたA/Bテストには気をつけよう

よって、従来利用していた「C. 開封数」及びその前後の指標のみが影響を受けるとすると、以下のようになると考えられます。

A. 開封率 = 開封数 ÷ 到達数
→ ほぼ100%になる

B. URL別クリック率 = URL別クリック数 ÷ 開封数(≒到達数)
→ 従来の指標で言う「到達クリック率」とほぼ同義になり、従来より低く記録される

よって、これらの指標を用いたA/Bテストでは、従来の延長線上で施策を比較しようとした場合、想定したとおりに評価できない可能性を孕みます。

ただし、そもそも開封率計測は以下の2点を前提としています。

  1. テキストメールを希望するユーザーは計測できない
  2. iOS 15以降のデバイスは計測できない

つまり、開封率を用いたテストを行う上では(iOSユーザーを対象としたキャンペーンでない限り)、上記2つに当てはまらないユーザーを対象にすることで、これまでどおりテストできる可能性も残されています。

(※2021年現在、スマートフォン・パソコン両方にメールクライアントソフトは存在するため、上記2の条件を判別する上で、「このメールアドレスのユーザーはこれまで一度もiOSデバイスを使ったことがない」のようなフラグを持っておく等の工夫は必要です。)

自社のメールマーケティングにはどの程度の影響があるのか

一般的な影響度とは別に、自社への影響度を知ることも必要です。

例えば、キャリアメールでiPhoneを使うユーザーの多くはデフォルトのメールアプリを使うことが想定されますので、自社の顧客データベースに含まれるキャリアメール割合からも影響度を計り知ることができるでしょう。

また、iPhoneを利用しているユーザーの比率が少ないサイトやサービスでは、この影響度も小さいはずです。テキストメールを中心に送信している場合など、そもそも開封数を利用していなければもちろん影響はありません。

逆に考えると、これまでテキストメールでマーケティングをしてきた企業のノウハウが、HTMLメールで活きる部分もあります。いくつか例を挙げると、

  • 閲覧よりも下流の指標に重きを置いた計測を行う
    • 到達数に対するURLクリック率を目的変数としたA/Bテストを行う
    • メール経由セッションのステップコンバージョン率をモニタリングする
  • メールが閲覧されたかを知る目的でメール内にクーポンコードを記載し、購入に結びついたことを計測する
    • 入力されたクーポンコードを、コンバージョンと紐付けて記録する

のように、これまでよりも「URLのクリック以降(≒ サイト)」での計測指標に重心が寄る企業も出てくるかもしれません。特に、メールマーケティングの部署とサイト運用の部署に距離がある企業では、これまでよりも部署間の緊密な連携が必要になってくる可能性があります。

まとめ

iOS 15がメールマーケティングに及ぼす影響について、ざっと考察してみました。

ポイントは以下のとおりです。

  • 多くのiOS 15デバイスで開封数が意味をなさなくなってしまう
  • 2021年内には8割近くのユーザーで影響が出る
  • 計測者がこれを回避することは難しい
  • 開封数(及びこれに関連する指標)を用いた分析やテストには工夫が必要
  • 自社のiOS比率・HTMLメールの比率から、どの程度のインパクトになるのかを知ることが必要
  • メールマーケティング施策の計測指標として、サイト側データの重要度が上がる

Googleアナリティクスを利用している企業では、

  • メール内のリンクへのUTMパラメータの付与ルール整備
  • コンバージョン導線上、どのステップまでメール経由のセッションが到達したかを知るための、ステップコンバージョンの目標設定
  • (eコマースサイトの場合)購入完了時のクーポン計測

などの準備が必要になりますので、今一度自社のサイトデータを見ておくと良いでしょう。

社内のデータ活用方針として、メールマーケティングとサイトの閲覧データを活用する方向で組織内調整が必要な企業は、2021年下期の課題として認識する必要があるかもしれません。

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似田貝亮介

千葉大学工学部卒。データ解析エンジニア。

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