プリンシプルのデジタルトランスフォーメーション ディレクター永井俊輔からの寄稿文を掲載いたします。


リアル店舗に起こるパラダイムシフト」という2017年4月の私の記事が大変好評であったため、このシリーズの第二弾として記載することとする。
日々生活をする中で体感頂いている通り社会の変化のスピードは目まぐるしく、この半年間にリアル店舗つまり小売業全体に発生した数多くのイノベーティブな出来事は、過去1990年代と比べると私の体感では8倍ほどのスピードで進んでいるような気がしてならない。このスピードが標準化した今、テクノロジーの進歩は人々のアイデアの種をより高度化させ、多くのDisruptionが発生している。

まずは世界を見渡し、知識の総量を上げよう

世界最大のタクシー会社はどこだろう。ご存知の通りUberである。2009年に設立され、現在は世界70カ国・地域の450都市以上で展開している。
宿泊予約数世界最大の宿泊チェーンはどこだろう。ご存知の通りairbnbであり、世界192カ国の33,000の都市で80万以上の宿を提供している。Uberの1年前、2008年に設立され、あらゆる企業を抜き宿泊予約数では世界一位である。
Uber自社で1台もタクシーを保有しておらず、airbnbも自社で物件は保有していない。そんな企業が世界一になれる時代である。しかもこんな最短でだ。
また、フィルム式のカメラとそのフィルム市場は、デジタルカメラの出現によって10年で市場規模は1/25以下になったことも有名である。全てDisruptionがもたらした結果である。
DIAMOND ONLINE:【企業特集】富士フイルムホールディングス 写真フィルム軸に業態転換 新事業を生んだ“技術の棚卸し”

Disruptorは気づかぬうちにやってくる

音楽産業もめまぐるしい変化を遂げている。ここに関しては分かりやすく細かく説明してみるとする。1990年代、音楽はリアル店舗(この呼び方さえ無かった)でCDという形で物理的に購入されるものだった。そしてSONYが開発したウォークマンを経て、物理的にCDとして購入をしたものに入っているデータを、MDというCDよりも丈夫でコンパクトなディスクに保存して聞くようになった。この頃から人々は、コンピューターのビジネスユースからパーソナルユースに切り替わり、また、インターネットの普及のタイミングと重なり、音楽を「データファイル」として認識するようになった。やがてCDはあくまでも「音楽というデータを人々に流通させるための箱」として位置付けられるようになった。このような状況を誰が予想していただろうか。WinnyやWinMXと聞いてピンとくる方も多いかもしれないが、インターネットとコンピューターのパーソナルユース化の普及とともに、瞬間的に音楽はダウンロードという力を手に入れて共有し放題、著作権を侵害し放題の無法地帯となった時期がある。この無法地帯化が与えた唯一の価値は、「音源のダウンロードのスタンダード化」であろう。この世界を統治したのはiTunesとiPodの出現である。
もはや音楽はリアル店舗で購入するものではなく、ダウンロードするものである。しかしながらこの時代もそう長くは続かない。インターネットの高速化によって、ダウンロードして音楽を自分のものにするのではなくストリーミング再生でも音声の劣化が無く聞けるようになり、これによってサブスクリプションという課金形態が生まれた。音楽の所有ではなく共有である。現在では我々の多くが、Sportify、Apple MusicやLine Musicなどのサブスクリプションで音楽を聞いている。ところが、昨今では音楽の持つ著作権さえも放棄される方向性に進んでいるようにも見受けられる。
AMP:「曲を売らない」が基本スタイル。新時代ミュージシャンの優れたビジネスモデルに学ぶこと
そしてあの頃の未来である今に立って過去を見渡してみると不思議な世界が見える。
– 今のiTunesにあたるCDメーカーはどこへ行った?
– CD販売店はどこへいった?
– アーティストの収入は大丈夫か?
– Appleが音楽ビジネス参入することを1990年代に想像がついたか?
*
前置きが長くなったが、音楽に限らず、あらゆる産業の時代のめまぐるしい変化を我々は気づかないうちに日常生活に取り込んでいる。
さて、次に世界を変えなければならないのは我々の小売産業だ。まだ見ぬイノベーターが当業界にやってきて、ガラリと我々の昨日までのスタンダードを変えてゆく。自ら変えに行くか、まだ見ぬイノベーターの出現を待つか、問われている。

 

米国でのアパレルブランドのイノベーション

もはやイノベーションの波は止めるこは出来ない。全ての小売業事業者にとってここから先どのような未来が待っているのか、不安でならない方も多いだろう。ここで一旦米国に目を向けてみるとする。弊社内で話題になっていた書籍「誰がアパレルを殺すのか」にも記載があったEVERLANEというブランドは、原価も工場もすべて見せる『透明なブランディング戦略』 を謳っている。具体的には①サプライチェーン、②P/L、③透明性、④ECとリアル店舗の垣根、の4つへのイノベーションである。具体的には長くなるので以下に分かりやすいまとめがあったのでシェアしておくことにする。
Medium:原価も工場もすべて見せる『透明なブランディング戦略 ー EVERLANE』
上記ブログでの図解の通り、バリューチェーンはアパレルに限らず全ての小売業が見直すべき課題であると考えている。切り口として考えうるのは以下のプロセスだろう。
(バリューチェーンといっても様々な切り口があるが、定石は以下の通りだ。)
商品企画▷生産▷倉庫保管▷物流▷店頭陳列/EC掲載▷接客▷購買▷マーケティング
この中でEVERLANEが大変おもしろいのが、生産・倉庫保管・物流・陳列/EC・接客のそれぞれに対して着目し、1つずつを現代のビジネスに最適化させているところである。生産の中にあるサプライチェーンを見直し、D2C(Direct to Customer)に近いモデルを設計、倉庫保管と物流も最適化し、店舗で商品を引き取ることを一切行っていない。彼らがビジネス設計を検討していた初期段階の頃、上記のバリューチェーン毎の最適化という議論が成されていたような気がしてならない。
またバリューチェーン以外にも重要なポイントは、EC化が進む中(これは暗記項目として、1年間の日本の小売のEC化率は6%、小売業のリアル店舗売上減少率は1.4%である※1)、もはやリアルとECの間の垣根を取り外すことが重要な鍵となる。強化すべきポイントはCRMデータ、購買データのリアルとEC連動、入店時の認証(本人特定)、WEB 上のユーザーの行動と店内での行動の解析など、細かく言えばキリがないが全て既存の技術でクリアできる範囲である(Amazon Goは1つの最適化された姿であろう)。
1経済産業省:平成 28 年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備

リアル店舗をマーケティングファネルのどこに置くか

デジタル化によるマーケティングファネルの変化は、以前の私のブログにも記載している通り、EC化によって大きく変化を遂げている。
簡単に言ってしまえば、これまでのリアル店舗の位置付けは、認知して購買をする場所であった。逆にほとんどの小売業が店舗以外の購買チャネルをもっていなかったため、必ず店舗に購買は集約されていた。認知は広告や雑誌、CMなどがあり、ナーチャリングという言葉も巷には浸透しておらず、顧客の購買意思決定は結局リアル店舗内でおこなわれることが殆どだった。
もはや今は違う。購買のアクションポイントはリアル店舗の中でもPOP UP STORE、そして飲食ではUber EATなどの宅配に分散している。既に小売業の宅配代行サービスも国内外でサービスインをしている。店舗のショールーミング化と言われている通りリアル店舗で商品を見て購買はECで行うのはもはや常識である。ECも自社ECとモール系ECに2分されている。ナーチャリングとデジタルコンテンツマーケティングの発展、そしてSNSの発展などの背景も重なり、顧客の購買の意思決定のうち7割はもはやインターネットの中で行われているとも言われている。リアル店舗の位置付けは、「購買する場所」から、「認知」「ナーチャリング」「購買」の一部分だけをユーザーが自ら切り出して使う、いわば消費されるコンテンツの1つとなっている。
これを聞いて「もはやこのチャネルの分散を完全に手の内に収めるのは困難である。」と言う人々は前述の通りDisruptorの出現を待ち、誰かが作り上げた仕組みに乗ることをお勧めする。
我々は顧客の行動を全て手の内に収めなければならない。そのためのアプローチは2点ある。
1つ目は様々な産業のInnovationとDisruption、そして構造の変化への理解である。前述の通り音楽産業の4段階の変化を体系的に理解し、類推できる元ネタを大量に頭の中に用意している必要がある。これが私の良く言う、「努力と集積の総量」というものにあたる。
2つ目はテクノロジーへの理解である。(私は幸いにもこの日のためにマーケティングオートメーション(MA)を3年前から学び、幸いなことに著書まで出版した。この時学んだことが今私の人生を懸けてイノベーションを起こそうと思っている「小売業」におけるリアルとデジタル世界の顧客行動の一元管理に繋がるとは予想だにしていなかった。Connecting the Dotsである。)
まずは顧客行動を完全理解しよう。顧客行動の理解に応用可能な表を以下に添付しておくので是非活用して頂きたい。

 

シェアリングやマッチングを類推によって考える

冒頭に記載したとおり、AirbnbやUberがシェアリングビジネスの先駆けであり、ここから類推されたであろう、洋服のシェアリングビジネスも増加してる。
以下が日本国内のサービスがまとめてあり分かりやすいので共有する。
Be My Style: 洋服を借り放題!国内のファッション系レンタルサービス10選
シェアリングは顧客が所有するものだけをシェアするものでもない。ピークタイムのシェアリングという考え方も可能であろう。
先日私はとある小売業の方と議論を重ねたことがある。この企業は新製品発売時やセール時において、ピークのタイミングでレジに並ぶ列のお客様待ち時間が30分を超えてしまい、ここに購買のロスがあるのではないかと思案した。そのため例えばレジを追加してはどうかという意思決定を行うが、売上が増えることはあってもレジ追加分の費用を補うほどの利益増は無かった、というケースである。こういう課題を持った時に、様々な解決の切り口があると思うが、1つの切り口として時間のシェアリングという考えも面白いアイデアではなかろうか。データによると、実際お客様の待ち時間が30分を超えるピークタイムは1日に2回のみ発生し、合計2時間だけであった。予めピークタイムでない時間帯に買い物に来ることを推奨することを検討してみてはいかがだろうか。ピーク時を避けるようにディズニーランドのファストパスを意図的に時間を指定して発行するような考え方である。このようなアイデアも前述の通り「類推」することで簡単に想像される。
私はこの案を、ソーラー電力発電のピークカットとピークシフトの概念から類推している。類推することで、多数の切り口からアイデアが出ることはこれ以上私がここに記載するまでもないだろう。

太陽光発電におけるピークカットとピークシフト
 
ピークカットとピークシフトよりも、在庫を持たずして後日配送をするモデルはより効率が良いと思われる。その場合は店舗在庫と倉庫在庫のリアルタイム共有システム設計に時間とコストがかかるかもしれない。まずはリーンスタートアップとしてこのようなアイデアで時間のシェアリングを検討してみても面白い。
世の中には数多くの不均衡がある。この不均衡を埋めることが新たなビジネスの切り口になる。

リアル店舗を分散型の倉庫(拠点)と考える

Fedexが物流にイノベーションを起こしたことは有名な話である。ここでハブ空港という概念が物流のスタンダードとなった。一方で、昨今では分散型データセンターという考え方や、ブロックチェーンという技術の台頭によって、集中から分散に推移しているとも考えられる。
全国に他店舗展開しているリアル店舗を持っているということは、分散型倉庫を全国に保有しているということと同じであり、この地の利を活用することができる時代となっている。例えば、全国展開している小売業1社を抽出し、リアル店舗を地図上にマッピングしてみよう。すると、この拠点から周囲100キロ以内には3時間で商品を届けることができる、ということになる。3時間以内に洋服を受け取ることの価値はそこまで高く無いとは思うが、言い換えれば、3時間の距離にリアルな接点を持てる膨大なお客様がいるということである。こんな話を社内でするとこういう反論意見が出てくる企業がまだまだ多いだろう。ビジネスリテラシー不足の企業にありがちな意見として「誰が届けるのか?」「うちは店舗数が少ないから無理だ。」「まだそんなこと誰もやっていない」などである。
もう一度考えてみてほしい。東京で働く方々ならば昨今町中を走るUBER EATの増加量をじわじわと感じてはいないか?競合企業同士が物流網の事業提携を行ったニュースを見てはいないか?100店舗ある企業と提携した瞬間に、あなたは100箇所の分散型倉庫(データセンターでもよい)を手に入れることができる。時代のキーワード、シェアリングとマッチングという言葉を念頭に起きながらこの社会を突き抜けてほしい。

「意味のイノベーション」が商品開発を変える

意味のイノベーションという言葉も重要なワードの1つである。ロウソクが室内で明かりを灯すツールとして台頭していた時代、ロウソクの意味は「明かりを灯すもの」であった。ところが後に電球というものが開発され、ロウソクの「明かりを灯すもの」としての価値は突如として無くなるであろう。前述のデジタルカメラの発明によってフイルム市場がDisruptされたのと同じである。
だがロウソクは「明かりを灯すもの」という意味から「宗教的なもの」「雰囲気を出すもの」「香りを出すもの」などという新たな意味が込められて現在でも市場に投入され続けている。製品に変化は無くとも、その存在意義、使用用途を変えていくこと、これが意味のイノベーションである。既に世の中にはモノが溢れている。こんな商品を開発しよう、こんなものがあったら便利ではないか、という商品開発に頭をつかうよりも、すでにある既存製品の「意味のイノベーション」を考えたほうが近道である可能性も高い。
先日某スポーツシューズメーカー(X社とする)のリアル店舗に行ったところ、靴ではなくインソール(中敷き)に対するプロモーションを強化していたのが見受けられた。なんと、別のブランドのスポーツシューズであっても、インソールだけはX社のものを中に入れる、革靴であってもX社のものを中に入れるというアイデアはまさに意味のイノベーションであろう。インソールの意味を、「靴を買えば入っているもの」から「カスタマイズするもの」に変えているのだ。もはや新しい靴を開発するのではなく、この意味のイノベーション戦略の実行によってこのブランドX社の次の成長は明るいように見えた。

P/LもB/Sも常識を壊そう

小売業とりわけファッション系のP/Lは大体が同じ構造である。粗利率、売上高人件費比率、賃料比率など、同業であるが故同じP/Lであるため、「この店舗は人件費がちょっと高いから減らそう」「この店舗の賃料比率が高いから交渉しよう」など、我々はP/Lをこれまでの慣習の枠組みというメガネを通して見ている。前述の通り常識にとらわれる必要もない。P/Lにとらわれてしまうからイノベーションが起きないと言っても過言ではないだろう。当然、B/Sにとらわれてしまうから在庫管理にもイノベーションが起きないのではないだろうか。

常に時代のキーワードを10個抑えておこう

この記事を読んで頂いて何か未来に冷や汗をかいた方、是非私の次回のBlogに期待をして頂きたい。私は常時今の時代の「ビジネスマンとして思考の軸に置くべき10の重要キーワード」を頭の中で定め、デスクトップのメモに貼っている。私の今(2017年10月現在)の10のキーワードは以下のとおりである。

  • 1.ステークホルダーエクスペリエンス
  • 2.シェアリング
  • 3.五感という切り口
  • 4.組織・個・群れ
  • 5.意味のイノベーション
  • 6.エクスポネンシャル(指数関数的成長)
  • 7.20世紀型と21世紀型(その物事って21世紀型の考えじゃない?と一度問う)
  • 8.他動力と類推
  • 9.付加価値を上げる考え
  • 10.データの集積がAI化のスピードを加速する

既に既出の単語も多いが、これについて次回のブログで記してみようと思う。

最後に

内閣府 統計情報2015年国内総生産によると、日本のGDP500兆円のうち、小売業の占める割合は約14%である。これだけ大きな産業のイノベーションを私達がこれから変えていかなければならない。四方八方からDisruptorがやってくるとは思うが、根本から変えていくのは私達でなければならないと心から思う。
今、あらゆる産業が目まぐるしく変化している。小売業に限らず、全てのレガシー産業に関わる人々が、私の今回の記事によってイノベーションを起こすことの価値を感じて頂けるのであれば、私にとってこれ以上の幸せはない。

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永井俊輔

早稲田大学商学部卒。 MA業界の牽引者。デジタルトランスフォーメーション事業アドバイザー。

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